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東京高等裁判所 昭和30年(う)1868号 判決

控訴人 被告人 福島尚男

弁護人 飯山一司

検察官 軽部武

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人飯山一司提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

論旨第一点について。

所論は被告人の原判示第一強盗未遂の所為を中止犯であると主張する。しかし原判決挙示の証拠によれば、被告人は原審相被告人福田昭男外一名と共謀の上、襟巻、タオル等で覆面し玩具用のピストルを本物の拳銃のように擬して山田義正に突きつけ、同人に対し交々金を出せと申向けて脅迫し金品を強取しようとしたが、山田がこれに応じなかつたためその目的を遂げなかつた旨の原判示どおりの事実を認定することができるのである。なるほど右山田義正は精神薄弱者であることは同人の司法巡査に対する供述調書の末尾に記載された文言からして推測できるし、又被告人の司法警察員に対する供述調書に所論のような供述記載が存するところからみても、山田義正は目つきも普通人とは変つているし、頭髪を長く肩まで垂らしているなど、顔つきや風態も異様な点が存したことは認められるけれど、山田義正が普通人の知能程度を有しない人てあつたがため、ピストルを見ても驚きもせず、平然としていて、被告人等が金を出せと脅迫しても応ずる気配がなかつたのは、被告人にとつては思いもかけなかつた事であり、そのため強盗の目的を達することがてきなかつたのであるから本件は正しく意外の障礙によりその目的を遂げなかつたというに該当するのである。従つて原審がこれを障礙未遂となし、中止未遂としなかつたのは当然の事というべきである。又被告人等が山田に於て余りに平然としているのを見て、却つて気味が悪くなり、その犯行を止めるに至つたとしても、山田のような精神状態にあつてその顔つきや風態が異様な者に出あつて、気味か悪くなつて犯行を止めることは決して被告人等に特殊な事例とは認められず、このような過程において、ピストルが玩具であることを見破られたかと恐れ或は逮捕されることを恐れて犯行を中止するに至るは極めて一般的な事柄であると認められるから、これを以つて中止未遂とする主張は採用できない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人飯山一司の控訴趣意

一、原審判示第一の所為は強盗の中止犯である。即ち被告は犯行の現場において被害者山田が少しも怖れる様子もなく、どつしり座つていますので遂に被告等が恐ろしくなつて私が真先にその家をとび出して逃げた(昭和三〇、四、二八附被告の検察官に対する供述調書第六項)。被害者はさつぱり驚いた様子も見えず、之はピストルが玩具であることを見破られたかなと気味が悪くなり、又、近所の人につかまつては大変だと思い逃げ出して来た(第一回公判調書福田昭男の供述第七項、同旨について第一回公判調書福島尚男の供述第二項)。そして、被害者山田は「其瞬間私が其の人を見ますと髪の毛の長い絵画きのやうな四十才位の眼の変な人でした(男)一(三〇、四、二〇附、福島尚男の警察官に対する供述調書第五項)。(弁護人の実験によると被害者山田は精神病者にして(三〇、四、二〇附山田の警察官に対する供述調書末尾)、蓬髪は尺余に亘り肩深く垂れ、顔面の半は暗赤色のあざを以て覆われ、一眼が僅かに外界を視るに耐えている、体躯四尺余り、肩の骨(背部)は突起して、セムシの如し)。このような被害者及びその傲厳な態度を目前にして被告両名は内心、恐しくなつて自らの意思により犯行を中止したのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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